大正4年10月、同町の角田広氏と内田良作氏が、従来の紋テープ織機を改良し織マーク工場を開設。
同じ頃、同町の柳沢仙吉氏も紋べりやリボン織機で細幅織物の製造を始めている。
一方、京都の胡蝶ネーム製造所に技術修得のため留学していた奥谷嘉次太氏や武曾与三吉氏ら数名が帰郷後それぞれ織ネーム製造を一斉に始める。

 大正5年頃には、京都の近藤与商店などでは東南アジアから大量の注文を受け、それに応じるためジャカードを取り付けた生産設備に改良工夫し、織ネーム製造は急速に進展した。
この近藤与商店からは、角田広氏の工場でも大量の注文を受けていた。
■ 丸岡における織マークの沿革─
京都の西陣で製造を学ぶ
寺岡氏と胡蝶ネーム製造所
細巾織物のルーツは明治末期
福田恭治氏の細幅織機製造
丸岡細巾マーク織物組合の結成
織マーク工業組合の認可
戦時統制によリー県一組合に
福井大地震で壊滅的な打撃
■ 織マーク業界の歩み─────
アメリカから大量の織マークの注文
細巾業者が大同団結し『危機突破大会』
オリンピックマークの受注経緯
輸出織マーク検査基準を制定
業界の結束を強めた織マーク連合会
調整組合が発足し過当競争を防止
織機買上げ、共同廃棄事業
昭和53年時の織ネーム業界のビジョン策定
紋紙工程のコンピュータ化研究
「原着糸」の共同購入
標準色の一括加工および販売事業
画期的な高速織機
「ニセ商品の織マーク」事件
高品質な「越前織」のブランドをめざす
少数激戦、まさにサバイバル時代
紋紙リーダーの導入と設備リース事業
振興開発グループの発足
ポリエステル原着糸(FS糸)の開発
インターネットによる情報の収集・発信
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